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ミニマリストの食事日記 

新米ASKAファンです。「究極ズボラ&料理嫌いでもカンタンに・ローコストで・高エネルギーな食」を探究中。生きるための原始的な力をとり戻すブログ。2015年の初め、突然の心停止...からの人生リスタート。Uターン移住記・初めての海外ひとり旅マニュアル・海外滞在記も。

村上春樹著 『職業としての小説家』を読んだ感想 


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『ミニマリストの食事日記』はローコスト・カンタンでありながら"上質"な食事法を紹介しています。超ズボラ・料理嫌い・1人暮らしの方向きなので、ぜひ生活スタイルに合わせて取り入れてみてください♪

パソコンと向き合って、自分が畑を持っていることを忘れ
家族のことも、庭に咲いている花のことも、空のことも
歩くということさえも忘れることがある。そんなつもりないんだけど。


今の私は病気 → そのまま休養している身で、ネット時間がわりと長い。
元はアウトドア派で、仕事面でもアクティブで、フットワークも軽いが
今年はうって変わって「逆」を行っていて、睡眠薬さえ飲んでいる。

 

職業としての小説家

 
私はハルキストと言えばハルキストかもしれなくて
『世界の終わりとハード・ボイルドランド』と『アフタ・ダーク』と
一部のエッセイを除いては、ほぼ全作品を読んでいる。
ノンフィクションの『アンダー・グラウンド』だって。

なので新刊は楽しみにしていたけれど
なんだか人生の総まとめのような本に、ドキッとして切なくなった。
ご本人が表紙に登場してるし。
(ラストで「これからも書き続ける」というご意志が伺えたので
 安心したけれど。)


彼は20代を学生結婚・ジャズバーの経営・そして借金と肉体労働で過ごし
最後の年に「小説を書こう」と思い立つ。
そして猛然と書いたデビュー作が『風の歌を聴け』という作品。

そして本格的に小説家になるにあたり、早寝早起き・ジョギングを自分に課し
長年、そのライフスタイルを維持している。
何度もフルマラソンに出場し、トライアスロンや
ウルトラマラソン(100キロ)にまで出場するほど。
食事はバケツ一杯のサラダを毎日食べるのだとか(以前エッセイで読んだ)

このような生活をするのは
「意識の深いところに降りていくためには、身体を鍛えなければ」という理由。

若いうちは頭でモノを書けるが、年齢を重ねると身体が大切になると
いうことだった。
お酒、文壇、クラブ、夜更かし、ギャンブル、そういったことはせず
ひたすらストイックに執筆と運動をなさった。
さまざまな国で暮らし、時には翻訳などの仕事もしながら。

 

ここからが新刊について


今回の新刊で特に響いたのは
バブルで浮かれていた時代、いわゆる「おいしい仕事」が
沢山来たにも関わらず、彼はそれを引き受けずに
海外で執筆に専念することを選んだところだ。
そして経済的不安を覚えながらも、大作を書きあげる。

それは彼の培った「身体性」から来る直観の賜物で
当時、数多くの人ができなかった決断・選択だと思う。
お金よりも自分の才能を信じ、それを伸ばすことを選んだ。
地中に深く根を張ることを選んだ。

彼があらかじめ身体を鍛え、身体性を持っていなければ
この選択はもしかしたらできなかった可能性もあると思うと
「自分の身体と深くつながる」ことがどれだけ重要か
それはPCに張りついて、ひたすら頭だけを働かせることとは
まず比べものにならないのだと思わされた。

 

 

ブロガーの方々は一緒に気をつけましょう!


いったん個人的なことになるけれど、私の運動は30分の散歩のみで
それすらしないことも多い。
病気になる前は、スロージョギングをしていたけれど
まだ再開していない。
この状態で毎日パソコンに向かい、沢山の情報を浴びている。

そうすると、冒頭にも書いたように
自分が畑を持っていることさえ忘れる数日間があるわけだ。

こういう時の私は、もう実体なんか持ってなくて、霊にさえ似ていると思う。
思考だけがとにかくグルグルと回転して
足が地面に着いていない。身体の感覚だって乏しくて、粗くて。
おいしいご飯だけはしっかり食べているけれど。

こういう状態になっちゃいけないと改めて決意。



ネットに向かいすぎていると、現実を正しく認識しないで
妄想・幻想を見続けて、それに長い間気づかない。
たとえ気づいても修正せず、さらに突き進むということも起こる。
人の意見も聞こえなくなり、はねつけてマイワールドに居続ける。
そういう方がいるように思えるし、私も他人事ではないと思っている。
これ、頑固なタイプの人は本当に要注意だと思う。

現実に生きて、現実の人としっかり繋がっていないと。
一人で気づくことは難しい、と思う。
PCを捨てて外に出て、人に会わないと。


まずはおいしいご飯×運動。そして人に会う!
行動すること以外は、あまり意味がないと思う。

 

blog.minimalist-switch.com

 

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好きな部分の引用

 

好きな部分は沢山ありますが、今の私にとって最も大切だと
思うところを載せておきます。

 

一言で言えばそれは精神の「タフさ」ではないかと、僕は考えています。
迷いをくぐり抜けたり、厳しい批判を浴びたり、親しい人に裏切られたり
思いもかけない失敗をしたり、あるときには自信を失ったり
あるときには自信を持ちすぎてしくじったり
とにかくありとあらゆる現実的な障害に遭遇しながらも
それでもなんとしても小説というものを書き続けようという意志の堅固さです。

そしてその強固な意志を長期間にわたって持続させていこうとすれば
どうしても生き方そのもののクォリティーが問題になってきます。
まず十全に生きること。そして「十全に生きる」というのは
すなわち魂を収める「枠組み」である肉体をある程度確立させ
それを一歩ずつ着実に前に進めていくことだ、というのが
僕の基本的な考え方です。

生きるというのは(多くの場合)うんざりしてしまうような
だらだらとした長期戦です。
肉体をたゆまず前に進める努力をすることなく、意志だけを
あるいは魂だけを前向きに強固に保つことは
僕に言わせれば、現実的にほとんど不可能です。
人生というのはそんなに甘くはありません。
傾向がどちらかひとつに偏れば、人は遅かれ早かれいつか必ず
逆の側からの報復(あるいは揺れ戻し)を受けることになります。
一方に傾いた秤は、必然的にもとに戻ろうとします。
フィジカルな力とスピリチュアルな力は、
いわば二つの車の両輪なのです。
それらが互いにバランスをとって機能しているとき
最も正しい方向性と、最も有効な力がそこに生じることになります。

 

 

最後に

 

コーヒーを淹れて、4~5時間原稿に向かう。
この時に最も幸福に感じる、というようなくだりがありました。
そこがどこであれ書くことができれば書斎だ、というようなくだりも。
胸がジワッとします。

人生には「自分にとっての幸福」を身近に見つけることができない時も
ありますが、今はその核だけは見つけているかもしれない。
見失わないで、掴まえて、いつも感じられる自分でありたいです。